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ドラフト会議を振り返る(1965年)

第1回ドラフト会議(昭和40年)

 

契約金高沸の抑止と戦力均衡化を目的として、1965年から実施されているドラフト会議。
西鉄ライオンズ・西亦次郎社長が提案、阪急ブレーブス・岡野祐球団代表と根回しを行い、神戸・六甲山ホテルで公表したのが始まりでした。
最初は「ルーキー・プール制度」として提案され、これが現在の「ドラフト制度」の骨子となっています。紆余曲折を経ながらも、当初の目的を果たしていると評価できるのが現状でしょうか。

 

初めてドラフト会議が開催された1965年。
セリーグでは巨人が金字塔「V9」となる最初の優勝を果たし、パリーグでは南海・野村克也氏が三冠王を獲得しています。

 

東京・有楽町で実施されたドラフト会議を振り返ってみましょう。
各球団が事前に希望リスト(30選手)リストを提出した上、その中から順次獲得する方式でした。
この年の傾向として、指名選手の半数以上が入団に至っていません。入団の意思に関係なく、交渉権を獲得しておくことが目的であった為だと思われます。

広島カープの18名に対して、南海ホークスは4名で終了しています。

 

1指名の重複指名が2名(森安敏明・田端謙二郎)。外れ1位の河本和昭氏は指名拒否しています。
1位指名選手で戦力の核となったのは、堀内恒夫・長池徳二両選手でしょう。
超高校級左腕・鈴木啓示氏が2巡目のトップで、近鉄から指名されており、1位指名回避した地元・阪神が批判されたドラフトでもあります。

 

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各球団の指名状況

  

読売ジャイアンツ
指名人数8名、5名が入団。V9時代のエース投手・堀内恒夫氏を指名。高校卒でありながら、初年度からエースとしてフル回転しています。通算203勝で球界を代表するエースとして活躍。大成功ドラフトと言えるでしょう。又、江藤省三選手は464試合出場、コーチとして長らく歴任されています。

 

 写真は1983年5月27日に、甲子園球場で撮影しました。

 

中日ドラゴンズ
指名人数11名、4名が入団。後に大洋ホエールズのエースとなる、平松政次氏を指名しましたが、入団に至っていません。平松政次氏が入団していれば、星野仙一氏と岡山Wエースで活躍と言ったところでしょうか。故障の多かった投手ですから、高校からの入団だと長いプロ生活を送れなかったかも知れません。

大学生の目玉選手、新宅洋志・広野功両選手を入団させていますが、期待程の活躍はできませんでした。コーチとしての貢献大でしょう。

 

ドラゴンズ

 

阪神タイガース
指名人数9名、3名が入団。無名の石床幹雄氏を選択するサプライズ指名で、会場が騒然となった逸話があります。
もしメディアの予想通りに鈴木啓示氏を指名していれば、2位指名の藤田平氏と合わせて、投打の柱を形成する高校生2名を、一度に獲得することになった筈です。
鈴木・江夏のW左腕で巨人のV9を阻止できていたかも知れませんが、優勝を望まない当時の阪神本社の意向を考えると、メディアを利用して友情関係を分断、いずれはどちらかがトレードになっていたかも知れません。

 写真は1981年6月11日に、甲子園球場で撮影しました。

 

大洋ホエールズ
指名人数11名、4名が入団。芳しい成果は得られていません。竹之内雅史選手を指名しましたが、入団に至っていません。後のエース投手・平松政次氏が中日から指名されましたが、社会人野球を選択しています。もし中日入団していたらと思うと、大洋ファンとしては恐ろしいところ。

 

 

広島カープ
指名人数18名、10名が入団。山本浩二氏とクリーンアップを形成し、第1期赤ヘル黄金期に貢献した、水谷実雄氏が入団しています。

2巡目指名の白石静生投手は、広島・阪急で通算93勝上げています。十分に成果あったドラフトでしょう。18選手の指名は今ドラフト最多人数です。

 写真は1984年7月31日に、西宮球場で撮影しました。

 

 

サンケイアトムズ
指名人数11名、2名が入団。芳しい成果は得られていません。 中日・阪急で活躍した、島谷金二選手を指名しましたが、入団に至っていません。浜口政信投手の通算11試合登板が最高ですから、全く機能しなかったドラフトと言えます。木樽正明投手を指名ができていれば、成功だったのだが。

 

 

南海ホークス
指名人数4名、2名が入団。今ドラフト最小人数の指名です。戦力が充実していた時期ですが、前年まで池永・尾崎投手の自由競争に参戦しているので、緊縮財政の影響ではないと想像されます。

 

東映フライヤーズ
指名人数8名、3名が入団。1位指名で獲得した森安敏明氏は、惜しくも黒い霧事件で球界を去っています。

 

 

西鉄ライオンズ
指名人数16名、3名が入団。江本孟紀氏を指名しましたが、入団に至っていません。発案者の西鉄球団ですが、浜村孝選手が415試合出場した以外は戦力になっておらず、第1回のドラフト制度では戦力成果を得ていません。財政圧縮の効果は大でしょうか。

 

阪急ブレーブス

指名人数13名、4名が入団。4番打者として長らく貢献した、長池徳二氏を1位指名で入団させています。
谷沢健一選手は入団に至っていませんが、長池徳二・住友平選手を入団させただけでも、成果大きいドラフトであったでしょう。谷沢氏以外にも、小田義人・黒田正宏両選手も指名していたようです。

又、広島カープに入団した水谷実雄選手は、阪急への移籍後に打点王を獲得しています。

 写真は1981年9月27日に、西宮球場で撮影しました。

  

東京オリオンズ
指名人数15名、6名が入団。超高校級右腕・木樽正明氏を2巡目で指名しています。1971年には最多勝獲得、1974年の日本シリーズでも貢献しており、成果あるドラフトと言えるでしょう。

 

近鉄バファローズ
指名人数9名、4名が入団。通算317勝の鈴木啓示氏が入団。これだけで成果大きいドラフトと言えます。前年の自由競争時代なら獲得できなかった選手で、ドラフト制度の恩恵を一番受けた球団です。

前年に入団内諾を得ながらも、巨人に強奪された高橋一三投手を獲得できていれば、W左腕エースとして楽しみ多かったことでしょう。

 

 写真は1984年7月31日に、西宮球場で撮影しました。


 

 

総括

 堀内恒夫・鈴木啓示・藤田平・木樽正明・水谷実雄・長池徳二各選手を入団させた、巨人・阪神・広島・東京・阪急・近鉄が勝ち組みでしょうか。

 

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