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海外野球留学の歴史

 アメリカ野球留学

平成後半から、毎年恒例となった「海外野球留学」。
シーズオフに若手選手を海外ウインターリーグに参加させて、実戦の機会を増やすのが目的です。環境を変えることで、成長を促す狙いもあるだろうか。
秋季キャンプを重視して、海外への選手派遣には消極的であったが、筒香選手(横浜)の成功例が拍車をかけて、各球団ともに近年では積極的になっています。

 

 


昭和・平成前期の海外野球留学

 

70・80年代の海外野球留学はシーズン中に派遣して、アメリカの公式戦で経験を重ねさせるスタイルでした。今は皆シーズンオフですよね。

「海外野球留学」で頭角を現した有名な例では、村上雅則氏が挙げられます。
1964年、南海ホークスからマイナー球団「Fresno」に派遣され、メジャーリーグに昇格した事で「日本人初の大リーガー」の称号を手にしています。
この野球留学がなければ、1995年の野茂英雄氏が「日本人初の大リーガー」になった筈ですよ。

 

 

その後、海外野球留学も発展することはなかったが、70年代中期の太平洋クラブ・ライオンズから始まり、90年代前半まで各球団がマイナーリーグや独立リーグに、選手を派遣していました。
この間の成功例は、秋山・工藤・山本昌・村松各選手が、タイトルホルダーとして名を馳せた。
又、シーズンオフの留学では、鈴木一朗(イチロー)選手が「ハワイ・ウインターリーグ」でプレーしています。有名タレント・長嶋一茂氏の野球留学は、かなり忘れられがちかな。

 

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アメリカでの登録名

 

アメリカへ留学するとニックネームで登録する選手も数名居たようで、これは野球カードで確認ができます。
大久保博元氏(元・西武・巨人)は登録名「Dave Okubo」。日本帰国後も「デーブ」の愛称で、野球ファンによく知られていますよね。


阪神タイガースで代打の神様と謳われた、八木裕氏。登録名は「リチャード八木」。
球場や街中で「リチャードさん!」と呼びかけても、振り返ることはないと思う。
ご本人も忘れているだろう過去。

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