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プロ野球 戦力外通告選手の出世頭(南海ホークス)

プロ野球 戦力外通告

 

メディアで大きく取りあげられるようになった、戦力外通告。家族を巻き込んだ悲哀を盛り込み、テレビ番組の題材としても高い関心を集めています。
戦力外通告を受けた選手を集めるトライアウトは、多くの集客があり、今やプロ野球界の人気イベントとなりつつある。現場復帰を期する選手の全力プレーと、引退式の趣きが感じられるのが理由だろうか。

 

現在ではプロ野球界で現役続行ならずとも、独立リーグ・社会人野球と受け皿も多く、迂回してのプロ野球復帰を果たす選手も稀ではありません。又、指導者として研鑽を積んでの復帰も大変多い。
昭和にはトライアウトなんて実施されることもなかったし、独立リーグも存在していなかった。もちろん、社会人野球などのアマ復帰も認められておらず、一度プロ野球から離れてしまうと引退したも同然であった時代だった。


戦力外通告選手・V字回復型

近鉄バファローズで5億円プレーヤーとして活躍した、中村紀洋選手。FA権行使でメジャーリーグ挑戦。しかしメジャーリーグでは17試合の出場に留まり、帰国後はオリックス・バファローズに入団しましたが、大幅減俸を拒否して僅か1年で退団しています。
その後はどこからも入団要請がなく、中日ドラゴンズにテスト入団、育成枠選手として背番号「205」を背負いました。支配下選手契約をしてからは高いパフォーマンスを発揮し、1億円プレーヤーに返り咲いています。
V字回復型の数少ない成功例でしょう。

写真は1992年5月19日に、神戸第2球場で撮影しました。


戦力外通告選手・下剋上型

長い歴史を誇るプロ野球界でも、1軍実績がないにも関わらず、復帰後に億万長者まで昇り詰める「下剋上型」は、他に現れていません。

近鉄バファローズを解雇され、他球団からも声がかからなかった、山本和徳氏。(晩年の登録名:カズ山本)。1軍での実績は2シーズンで計47試合、6安打。
近鉄からの解雇後、バッティングセンターでのアルバイト生活を経てのプロ野球界復帰でした。
南海2軍監督であった穴吹義雄氏の1軍昇格が、もたらした幸運です。2軍監督時代に目を付けていた選手であった。
南海ホークス入団後は努力の甲斐あって一気に才能開花、そして2億円プレーヤーまで昇りつめた「戦力外通告の出世頭」と言っても過言ではないでしょう。
才能の開花には様々なパターンがあり、人との出会いや巡り合わせは、野球人生を大きく変えるという事です。
「カズ」と聞いて「三浦?or山本?」と頭に浮かぶのは、我々昭和世代の性。

これって、昭和世代あるあるですよね。

写真は1986年9月23日に、西宮球場で撮影しました。

 

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