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【なんと!最年少は20歳!】プロ野球新監督の年齢調査 / 日本・メジャーリーグ

歴代最高齢は、メジャーリーグの「コニー・マック監督」の87歳


日本プロ野球の最高齢は、「野村克也監督」の74歳です

 

逆に「最年少監督」の年齢は?
疑問に思ったファンはいませんか?

 

◆この記事で分かること◆
  • 日本プロ野球・最年少監督の年齢
  • メジャーリーグ・最年少監督の年齢
  • マイナーリーグ・最年少監督の年齢

 

アメリカのプロ野球界では、

  • 1872年・John Clapp氏
  • 1880年・John Ward氏

上記の2選手が「20歳」で、選手兼任監督として活動しました!

 

  • John Clapp氏は「ナショナル・アソシエーション」のMiddletown Mansfields
  • John Ward氏は、「ナショナルリーグ」のProvidence Grays

それぞれの球団に所属。

 

最年少監督記録は「20歳」ですが、あくまで1800年代の話です。

 

それでは近代野球の1900年以降だと、最年少監督はいくつになるのか?

最年少監督を日本・アメリカに分けて、まとめてみました。

 

日米プロ野球「最年少監督の年齢」 / 1900年代・2000年代


それでは1900年以降の野球界、最年少監督を紹介します。

日米ともに最年少監督は、「選手兼任監督」です。

 

 

 

日本プロ野球(NPB)

兼任監督 / 藤本英雄

プロ野球史上・最年少監督は、藤本英雄氏の「25歳」です

 

当時、読売ジャイアンツのエースでした。


シーズン19完封・通算防御率1.90、の日本記録保持者。

日本初の「完全試合」を達成した投手でもあります。

 

1944年に選手兼任監督に就任

1946年のシーズン途中まで、監督を務めました。

 

引退後に巨人の2軍監督に就任しましたが、1軍では専任監督を経験していません。

 


監督通算(2年):140試合、83勝-53敗


1976年野球殿堂入り


専任監督 / 稲尾和久

プロ野球史上・最年少・専任監督は、稲尾和久氏の「32歳」です。

 

シーズン42勝の日本記録を保持している、鉄腕投手としても有名ですよね。

 

引退後、1970年に32歳で「西鉄ライオンズ」の監督就任。
1974年まで5年間、監督を務めましたが、「黒い霧事件」で戦力に恵まれず、全てBクラスで終わりました。

 


監督通算(8年):1040試合、431勝-545敗

 

1993年野球殿堂入り

1984年9月16日撮影

 

アメリカ(メジャーリーグ)

本場アメリカでは、日本以上に若い年齢で監督就任しています。

 

兼任監督 / Lou Boudreau

メジャーリーグの最年少監督は、ルー・ブードロー氏の「24歳」

 

高い打率を残せる遊撃手として、活躍しました。

 

1942年、「Cleveland Indians」で「選手兼任監督」に就任
1952年の現役引退までの間、1951年以外の10年間で「兼任監督」を務めました。

 

引退後も「専任監督」を続け、合計16シーズンを経験

  • Cleveland Indians
  • Boston Red Sox
  • Kansas City Athletics
  • Chicago Cubs

計4球団で監督を務めた

 


監督通算(16年):2404試合、1162勝-1224敗

 

強打者「Ted Williams」封じのため、極端に野手を一塁側に寄せる「ブードロー・シフト」を採用したことでも有名です。

 

日本では「王シフト」と打者の名前が冠となり、
アメリカでは「ブードロー・シフト」と監督の名前が使用された。

 

1970年野球殿堂入り

 

専任監督 / Branch Rickey

メジャーリーグの最年少・専任監督は、ブランチ・リッキー氏の「31歳」


1913年9月13日、「St. Louis Browns」でシーズン途中に監督就任。
1914年、選手兼任監督として、2試合に出場経験もあります。

 

St. Louis Cardinals時代も併せて、計10年間の監督経験がありますが、フロント職としての活躍が有名です。

 


監督通算(10年):1277試合、597勝-664敗

  

  • マイナーリーグとの提携
  • 初の黒人選手との契約

 

メジャーリーグに属していない、マイナーリーグ球団と提携して、自軍の若手選手に経験を積ませてから、メジャーデビューさせる手法を取り、成功を収めました。

当時のマイナーリーグ球団は、メジャーリーグの傘下になかった。

 

初の黒人選手・ジャッキーロビンソン選手と契約し、黒人をメジャーリーグに導いた先駆者でした。

 

1967年野球殿堂入り

 

アメリカ(マイナーリーグ)

メジャーリーグ「専任監督」の「31歳」を下回る、若手監督が2010年代に現れました。

 

Justin Jirschele


Justin Jirscheles氏が、2017年に「27歳」で指揮を振るいました。
WhiteSox傘下の「Kannapolis Intimidators」(1A)

 

マイナーリーグの最年少監督として、当時は話題になりました。

マイナーリーグと言えども、20歳代の監督は珍しい!!

 

2021年シーズンは、「Birmingham Barons」(2A)の監督

2Aなんで、メジャーまであと少し!

 

Blake Butera

2018年、更に若い「25歳」で新監督就任したのが、Blake Butera監督です。
Rays傘下の「Hudson Valley Renegades」(ショートシーズン1A)

 

2015年ドラフト35巡目(全体1048番目)で入団

2015・2016年の2年間、内野手としてプレイしました。

2017年3月に解雇。

 

2018年からは、Rays傘下で監督を続けています。

2021年シーズンは「Charleston RiverDog」(Low-1A)で指揮


専任監督の歴代記録「31歳」を破るのか?
独創的な手法で、メジャーリーグを席巻している「Rays」から目が離せない

 

Blake Butera監督は、1992年8月7日生まれ

 

メジャー記録更新の可能性ありそうですね!

 

2000年代の最年少監督


日本プロ野球 / 平石洋介

2018年10月、平石洋介氏が「38歳」で、「東北楽天ゴールデンイーグルス」監督就任


2018年シーズン途中に、梨田監督辞任による代行監督からの昇格でした。

専任監督として3位にも関わらず、1年間のみで終わっています。

 


監督通算(2年):223試合、108勝-109敗

 

2003年11月25日撮影

 

メジャーリーグ / Eric Wedge・AJ Hinch


Eric Wedge監督が「35歳64日」で、Cleveland Indiansに就任

AJ Hinch監督が「35歳359日」で、Arizona Diamondbacksに就任

 

2000年代のメジャーリーグの最年少監督は「35歳」で、こちらも日本より若い就任となっています。

 

マイナーリーグまで含めると、前述したBlake Butera監督の「25歳」の方が若い

 

2006年4月20日のサイン

 

まとめ / 日本・アメリカの最年少監督

 

  • 日本の最年少は、兼任監督・藤本英雄氏「25歳」
  • 専任監督では、稲尾和久氏の「32歳」

  • メジャーリーグの最年少は、兼任監督・ルー・ブードロー氏「24歳」
  • 専任監督では、ブランチ・リッキー氏「31歳」

  • マイナーリーグの最年少は、Blake Butera氏「25歳」

 

日本・アメリカの最高齢監督 
  • 日本プロ野球の最年長は「74歳」
  • メジャーリーグの最年長は「87歳」

 

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