平成野球界のスーパースター・イチロー選手が背負った、背番号「51」。
イチロー選手以外にも、数々のスター選手を生んだ背番号です。
イチローだけじゃない / 背番号「51」はカープの伝統
昭和時代、ドラフト下位指名選手の定番であった「51番」。
この背番号は平成に入り、出世番号へと変貌を遂げました。
期待値の高い「高卒選手」に、与えることが多くなりました。
広島東洋カープの「51番」
下位指名の選手が背負うと、出世してゆく「51番」。
- 江藤智選手
- 前田智徳選手
平成前期には、2名が主軸として活躍しました。
広島カープの代表的な出世番号です。
前田智徳選手が、背番号「31」に変更してからは、その歴史が途絶えてしまいました。
カープファンから、忘れられた出世番号となってしまった。
1992年、オリックスに入団したイチロー選手が、その歴史を引き継ぎ、背番号「51」を期待値が高い新人選手がつけるパターンが、全球団に広がりました。
再び出世番号として復活
2013年に入団した鈴木誠也選手。
背番号「51番」を背負い、球団の看板選手へと成長しています。
広島カープの出世番号として、復活を果たしました。
(2020年からは背番号「1」に変更)
そして2019年、ドラフト1位での鳴り物入り入団した、小園選手が受け継ぎました。
令和の時代にも、出世番号として、活躍の予感を感じさせています。
鈴木誠也選手からは、ドラフト上位の高校生が背負っています。
上位指名の期待値高い選手に「51」を背負わせるのも、江藤・前田氏の実績があってこそでしょう。
写真は1990年6月10日に、甲子園球場で撮影
出世番号に過ぎない「51」
イチロー氏らの活躍により、日本球界では、「51番」が「球団の顔」としての称号となるかと思いきや、鈴木・上林・京田選手など若手スター選手が、出世とともに一桁番号へ変更。
令和になっても、「球団の顔」は一桁番号というのは、変わりそうにありません。
主力選手が一桁番号を付けるのは、昭和から続く伝統として、これからも引き継がれてゆきそうです。
野球界の伝統って、なかなか変わらんものですねえ~。
写真は1989年4月に、西宮球場で撮影
江藤選手の捕手時代です。